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経営サポート隊通信
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Vol.178 2026年10月号

2026年10月01日

秋らしくなってきましたね。
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月から、一倉定氏の著書『新·社長の姿勢(日本経営合理化協会出版局)』から「正しいワンマン経営とは」の部分を抜粋してお届けしたいと思います。一倉定氏は社長を厳しく𠮟りつけながらも、親身になって対応策を練る経営コンサルタントの第一人者です。

『社長とは「経済に関する危険を伴う意思決定」をする人である。そして、

1.関心と行動の焦点を未来に合わせ
2.市場と顧客の要求の変化に対して絶えず革新を行い
3.高収益型事業を創りだす

ことこそ社長の役割である。外部指向、未来指向、構造指向、これこそ社長の基本的態度である。外部情勢は絶えず、しかも急速に変化してゆく。グズグズしていると、会社はたちまち市場から置いてけぼりを食ってつぶれてしまうのである。外部情勢の変化を正しく把え、それが我社の経営にどのような影響を与えるかを考え、その変化に対応して我社をどう変えてゆかなければならないかを決めなければならない。その対応には少なくとも三年や五年はかかる。十年かかるかも知れないのである。ここに未来指向がある。十年後をにらみ、五年後の我社の姿を想定し、これに向かって我社をつくりかえてゆかねばならない。それは、いま出発しなければ間に合わないと考えなければならない。五年後、十年後こそ社長にとっては現在なのである。

スター精密㈱は、かつてはカメラと時計のネジのメーカーだった。十数年前に、時計の電子化が始まった。佐藤社長は電子時代の到来を予測して、自らの会社をエレクトロニクス会社への転換を決意したのである。メカの会社をエレクトロニクスの会社にかえようというのである。そして、言語に絶するような苦労の末に、ついに転換に成功したのである。佐藤社長は「一倉さん、こんな苦労だけは二度としたくありませんよ」と私に語った。奇跡ともいえる大事を成しとげた人の言である。部外者の想像を絶する苦労であったろう。このエレクトロニクスへの転換は、決定ではなくて“決断”といったほうが正しいのではないだろうか。決定と決断については、クラウゼビッツが明快な解釈を下している。決定とは幾つかある手段の中での選択であり、決断とは無気味な暗雲の中への賭けである、というのである。

社長の決断や決定は、すべて外部への対応であり、未来指向である。それは社員の知らない世界のことであり、社員に意見を求めても意味のないことが多い。意見を求めるのは社内よりもむしろ社外の人が多いのだ。それどころか、重要な事ほど社員に意見を求めるわけにはいかないのである。これが事業というものである。このことを、平素から社員に話をして理解させておかなければならない。これをやっておかないと、経営を知らない社員は「うちの社長はわれわれに相談をかけてくれない。ワンマン社長で困ったものだ」というような全くのトンチンカンな見解をもってしまうという危険があるのだ。

また会社の内部の事情を無視した決定をしなければならないことも起る。これは外部への対応として止むを得ないこともある。事業とは市場活動なのだ。市場の変化への対応を誤ったなら、会社をつぶしてしまうからである。』

いかがでしたでしょうか。多くの社長と苦楽を共にしてきた一倉氏だからこその視点が感じられると思います。来月は、社長の責任と社員の責任の違いや正しいワンマン経営について書かれている部分をご紹介します。


Vol.177 2026年9月号

2026年09月01日

9月になりました。
皆さまいかがお過ごしでしょうか?
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月は「1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書(致知出版社)」から、大創産業創業者、矢野博丈氏の「本当の商人の謙虚さ」というお話をご紹介したいと思います。

『店の数か増えるということはとても怖いです。私は増やすな、増やすな、と言い続けていたんですが、百円均一という商売が珍しかったので結果的にここまで増えてしまいました。食料品と違って、うちの扱う家庭用品は、例えばカップ一つ取ってみても、普通の一般家庭では六個あれば十分ですよね。十個も必要ない。ティーセットにしても、家庭用とお客さん用で二セットあれば十分です。

ですから、店が増え続けた先には断崖絶壁というか、売れなくなる時が待っているわけで、そうなると兎のように早く増やすより、亀のようにゆっくり増やした方がいい。かつて夜逃げした時に、東京に着いたらどうすればいいんだ、とゴールに近づけば近づくほど怖くなりましたが、あの心理と全く同じなんです。

もし倒産したら、女房とどこか山奥に逃げて温泉宿に雇われて、女房が賄いをして、俺が風呂たきをしよう。でも女房は別れると言うだろうから、俺は自殺するんだろうなとか、そういうシーンがよく頭をよぎるんですよ。でも自殺をするのは怖いですから、常日頃努力するとか、質素にするとか、頑張るとかいうことは何ともない。逆にとても楽しいんです、

そういう意味では、イトーヨーカ堂の創業者、伊藤雅俊名誉会長とお会いした時の印象は強烈でした。従来の経営者というのは泰然自若として、見るからに大物というイメージがありましたね。トップがあまり細かいことに口を出すと、人が育たないから駄目だという観念がありました。

ところが伊藤会長は、社員のやることに対して一から十まで、いや一から百までああだ、こうだと叱っておられる。当時売り上げが一兆三千億円だったと思いますが、イメージ的にはそこらの酒屋のおやじとほとんど変わらない。あの姿を見て、日本の経営者理論は間違っているなと私は思いましたね。

日本人は謙虚と言うものを、お坊さんの謙虚と勘違いしている。本当の商人の謙虚というものは、生きるために必死になっている姿。それこそが商人の謙虚だと思いました。だから、私はそれまで社員を怒ったことはなかったんですが、伊藤会長にお会いした日を境に怒れるようになりました。それも必死に。

伊藤会長のお話の中で、今でも忘れられないのは、「いいですね、潰れる心配のない会社のオーナーは」と言いましたら、「馬鹿やろう、俺だって月に一回はつぶれる夢を見るよ!」と。もしいま全社員が百万円くれと要求してきたら、あっという間に三百八十億円ふっ飛ぶんだと。もしいま台湾と中国が戦争を始めたら、もし天変地異が起きたら、もしうちが何か事故を起こして新聞で叩かれたら、と。だから、うちは決して安定の中にいるんじゃない。いつ潰れるか分からないんだと怒られました。そのすごさ。やはりこれは、売れるプロセスを重視する伊藤会長の、人生観からくる強さですね。』

前半の矢野氏の素直で悲観的な考え方が極端すぎて、最初に読んだ時には少し笑ってしまいましたが、規模の大小にかかわらず、最悪を考えながら最善を尽くすことの大切さを改めて教えられました。


Vol.176 2026年8月号

2026年08月03日

皆さまいかがお過ごしでしょうか?
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月も先月に引き続き「会計の世界史―イタリア、イギリス、アメリカ500年の物語

田中靖博 日本経済新聞出版社」から、『フランスから離れた地で花開いたDivision(346-349頁)』をご紹介したいと思います。

『デュポンが採用したROIの根本には「小さな投資で大きな利益を」という基本思考が存在します。ピエールとラスコブの“数字の鬼”コンビは、この基本思考を各事業に対して落とし込むべくデュポン公式を編み出しました。これによってたとえばROIの低い事業部は、利益率が低いのか、それとも回転率に問題があるのか、問題解決に向けた分析を進められるわけです。ここで、各事業をROIによって評価するには、その前提として各事業部のR(利益)とI(投資=資産)を明らかにしておかなければなりません。つまり事業ごとの利益と資産を計算する必要があります。「事業ごとの利益」と「事業ごとの資産」。このいずれも計算するのは簡単ではありません。固定費や共通費をどうやって各部門のコストに割り振り、本社や研究所などをどうやって各部門資産に割り振るかはデュポンのみならず、すべての会社が抱える管理会計上の難問です。

決算書の作成・報告といった“義務の会計”であればル「ルールと言う正解」がありますが、管理会計という“自由な会計”にはそのような正解がありません。そこでは情報を利用する目的、担当者の責任範囲などを考えつつ、創造的に答えを出す必要があります。同じ会計担当者でも財務会計担当者には「ルールを守る実直さ」が求められるのに対し、管理会計においては「自由な発想」が求められます。ピエールとラスコブのコンビはこのどちらにも精通していたようです。だからこそ彼らは“数字の鬼”なのです。

数字の鬼コンビのリーダーシップによって「事業別のR(利益)とI(資産)の計算体制が整ったことで、デュポンの経営は一歩踏み出すことができました。1920年、デュポンは世界初となる「事業部制組織」を採用します。事業別のR(利益)とI(資産)を計算できるようになったことで、分権化をすすめることができたわけです。事業部制はこのあとピエール社長を通じてGMにも採用されました。火薬の製造販売から事業をスタートしたデュポンは、南北戦争や第一次世界大戦などの戦争で大きな儲けを手にしました。ただしいつまでも戦争の“特需”に頼るわけにはいきません。それはいつはじまり、いつ終わるかまったく予想ができないからです。また「戦争で儲ける商人」のイメージは会社にとってもあまり嬉しいものではありません。そこでデュポンは「平和な新規事業を」探したようです。やがて生まれてきたのが有名な「ナイロンストッキング」です。

この女性向けファッション製品はデュポンのイメージをより良く変化させるうえで最高に望ましい商品でした。これを皮切りに繊維事業をはじめ次々と新規事業をはじめていったデュポンですが、それを支えていたのはキッチリと事業部ごとのROIを計算する数値管理体制でした。

もともとデュポン一家はフランス革命の際に祖国を追われ、命からがら新天地にたどり着きました。このフランス革命後に彗星のごとく現れたナポレオンはフランス国民軍を指揮してヨーロッパ各国を征服していきますが、ナポレオンは戦いにおいて師団(Division)を活用しました。師団はもともと分ける「divide」にちなんで命名された、「分かれても自律的に戦える」組織です。奇しくもフランスを逃れたデュポンが、祖国から遠く離れた地のビジネス界に持ち込んだのが事業部制(Division)なのです。』

決算のための会計は外部のルールを守らなければなりませんが、社内を管理するための会計は成長を目的としてルールを自分たちで作って活用していくものなのです。これは大企業だけが活用するものではなく、どのような規模の組織にも導入することができます。皆さんも何か一つ、管理する数値を決めて活用してみることからはじめてみませんか。


Vol.175 2026年7月号

2026年07月01日

今年も後半に入りました。
皆さまいかがお過ごしでしょうか?
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月は先月に引き続き「会計の世界史―イタリア、イギリス、アメリカ500年の物語

田中靖博 日本経済新聞出版社」から、『GMへも導入されたデュポン公式(344-346頁)』をご紹介したいと思います。

デュポンでは業績評価の方法を、「投資の大きさに対してどれだけ利益があるのか」を示すROIに定めました。それをどのように活用したのか、社外秘の経営指標がどのように外部に知られるようになったのか、ご一読ください。

『この公式はデュポンにおいて1910年代から用いられ「1919年」にはそれをグラフ化して計画策定に役立てるチャートシステムも登場しています。デュポンはこの公式やチャートを内緒で使いはじめ、その内容を社外には秘密にしていました。デュポンとて、わざわざライバルに「経営に役立つツール」を教えたいわけがありません。このことからわかるように、管理会計は「内部利用目的」の会計であり、「外部報告目的」の財務会計とはちがって、その内容が「秘伝」として外に出されないことが多いのです。当時のライバルたちは売上や利益が前年より増えただけで喜んでいました。ピエール社長はそれを見ながら「しめしめ」とほくそ笑んでいたのです。

デュポンは事業別ROIを経営判断の基本に据えました。目先の利益が見込めてもROIが低ければ投資はしない。また黒字であってもROIの低い事業からは撤退することがありました。短期的に儲けるだけなら「利益」をもとに判断できるが、設備投資が大きく、しかも長期的な成長を考えるならROIのほうがふさわしいと考えたのです。組織的にいえば、事業別ROIが計算できるようになったことで各事業を担当者に「任せる」ことができるようになりました。

このように文献管理を可能にする秘策「デュポン公式」は当のデュポンからではなく、「意外な別ルート」から世間に漏れました。情報が漏れたのは自動車メーカーのGMからです。それはピエールが経営危機に陥ったGMを救うべく社長になったことがキッカケでした。GMは先行するフォードを追い抜くべく拡張に次ぐ拡張戦略をとりましたが、やがて経営危機を迎えます。第一次世界大戦の好景気によっていったん持ち直すも、経営危機が再燃、そこでデュラント社長が退陣し、代わりに社長の座についたのがピエールです。ピエールはGMをデュポンと同様に「大型・小型乗用車・トラック」などいくつかのセグメントに分け、そこにデュポン公式を適用しました。GMはこれによって各事業部の独立性を維持しつつ、数値の管理を行うことができるようになりました。

T型フォードの単品勝負に固執したフォードに対し、GMは「あらゆる自動車」をつくっていました。合併によって設立されたGMは、事業部制を採用することで管理問題の解決をめざし、一定の成果を上げました。多角化された事業部にデュポン公式が適用されたことで「それぞれの事業部」は力を取り戻していったようです。T型フォードに固執して売り上げを減らすフォードに対し、事業部制を採用したGMは次々と新製品を発表し事業を向上させていきました。』

いかがでしたか。今では管理会計の教科書に載っているROIですが、一企業は生み出し経営管理指標として使っていたものだったのですから、今でも企業は独自の経営管理指標をつかって経営しているのだと思います。外部に業績を知らせる会計はルールに基づく必要がありますが、社内では自由に管理指標を作って使って活かすことができます。来月は、デュポンでは具体的にどのように各数値を計算していたのか、ルールをどのように作っていたのかについてご紹介したいと思います。


Vol.174 2026年6月号

2026年06月01日

梅雨の季節がやってきました。
紫陽花が雨に濡れる姿は、春から夏への移ろいを
感じさせてくれます。
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月は、「会計の世界史―イタリア、イギリス、アメリカ500年の物語 田中靖博 日本経済新聞出版社」から、『ROIの高め方を示したデュポン公式(341-344頁)』をご紹介したいと思います。

『デュポンの数値管理の基本は「それぞれの事業の収益性」を厳しくチェックすることでした。そのための仕組みは20世紀初めに社長に就任したピエール·S·デュポンのときに構築されました。実はこの「数字に強い社長」の経歴には「アメリカ管理会計の源流」が流れています。科学的管理法の父テイラーは鉄道部品製造を行うジョンソン社の会計コンサルティングを行っていました。このジョンソン社に出資していたのがピエールです。彼はのちにジョンソン社の社長になり、そこで同社の洗練された原価計算·会計システムを目にしました。これに感動したピエールは、のちにデュポンの社長に就任した際、ジョンソン社から“数字の鬼”ジョン·ラスコブを右腕として引き抜きました。こうして「数字に強い」社長と「数字の職人」財務部長コンビが誕生したのです。19世紀当時に最先端だった鉄道会社の原価計算·管理会計の考え方がテイラーを通じてジョンソン社に伝わり、それがM&Aによってデュポンへと移っていったのです。(中略)ピエール社長とラスコブの“数字の鬼”コンビは、「セグメント情報」の構築に取りかかりました。それまで仕切りが曖昧だった社内組織を「黒色火薬·無煙火薬·ダイナマイト·販売」の4つのセグメントに区分し、それぞれの収益性を計算して業績評価を行うことになりました。

ここで業績評価の方法としては、利益率や原価率で行われるのが一般的でしたが、“数字の鬼”コンビは「本当にそれでいいのか?」と疑問を持ちます。利益を出すために会社は「投資」をしているのだから、その「投資に見合った利益」という観点が重要ではないか、と彼らは考えました。これをもとに生まれたのが、“伝説”のデュポン公式〈R=P×T〉です。

ここで表現される「資本」とは、「投資の大きさ」のことです。投資の大きさに対してどれだけ利益があるか-これを示すものがROI(Return On Investment:投下資本利益率)です。ROI(利益÷資本)を利益×回転率に分解したものがデュポン公式です。

利益/資本(ROI:資本利益率)=利益/売上(P:利益率)×売上/資本(T:回転率)

これをみればROIは利益率と回転率の掛け算によって計算されることから、利益率·回転率のいずれかを上昇させればRPIは上がることがわかります。デュポン公式で示された「利益率と回転率の掛け算」は、ビジネスを考えるうえで重要なヒントになります。この公式は会計を超えて、経営の常識になったといっても過言ではありません。デュポンの各セグメントはROI·利益率·回転率のそれぞれについて目標を決められました。図体のデカい(投資の大きい)事業は、それに見合った「大きな利益」を求められます。「投資に見合った利益を出せ!」-このメッセージはデュポン社によってしっかりと各事業担当者へ伝えられました。実はROI思考はもともと鉄道会社において存在していました。「投資の大きさに見合った利益」をえるためにはどのルートに線路を引けばいいか?あるいは運賃をいくらに設定すべきか?こうした鉄道経営の意思決定にROIが用いられていたようです。』

デュポン内部で内密に使われていたROIが世間に広く知れ渡るようになります。そのお話は、また次回お伝えしたいと思います。


Vol.173 2026年5月号

2026年05月07日

新緑の季節になりました。
梅雨に入る前のさわやかな季節を戸外で満喫するのに
良い季節ですね!
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月は一倉定の社長学シリーズ『社長の条件』(日本経営合理化協会出版局)から、「おが屑が飼料の値で」(P239―240)という話を抜粋してお届けしたいと思います。

『宮崎県の高原町に村上木材という会社がある。

同社は、陶器の化粧箱の製材を専業としている。私が驚いたのは、製板をした板を見た時である。そこには、鋸目らしいものは殆んど認められなかった。

普通は鋸目があり、さらに一定の間隔でより深い鋸目がついている。この深い鋸目は、帯鋸を接合した部分が二重になっているためである。

このような鋸目がないために、いきなり仕上鉋がかかるのである。鋸目のあるものは中仕子(中仕上げの鉋)をかけてから仕上げをかけるから2工程かかる。つまり、村上木材の板は他社製に比較して1工程はぶけるのである。顧客にとってはこんな有難いことはない。

その上、板の厚さを厳重に検査し、少しでも薄いものは取除いて出荷をする。かなり多くの会社で、わざと少し薄い板を挽き、これをアンコと称して混ぜて出荷をする。その分が儲けになるという。ずるいというよりはなさけない根性の社長が可成りいるのである。

正しい厚さで、いきなり仕上鉋がかかる村上木材の商品は、当然のこととして顧客から引っ張りだこである。だから村上木材では一年中閑な時は全くない。常にフル操業である。

これというのも、村上社長の「顧客第一主義」のしからしむるところであり、その顧客第一主義は、村上木材にフル操業という強味となって返ってきているのである。

さらに、いきなり仕上鉋をかけられるという優れた製材技術から生れるおが屑は粒状ではなくて粉状である。これが家畜の飼料として売れるのである。最近の家畜は濃厚で消化のよい飼料を与えられ、内臓が楽をするために弱くなる。飼料におが屑を混ぜて与えると、繊維質のために内臓が刺戟されて丈夫になるということである。そのために、おが屑をオガライトの材料として二束三文で売っている他社よりも10倍の高価で売れるのである。顧客第一主義はこのようにペイするものである。いうまでもなく、村上木材は安定高収益を確保しているのである。』

いかがでしたか。一倉定氏は、事業経営の成否は、社長次第で決まるという信念から、社長だけを対象に情熱的に指導した異色の経営コンサルタントです。本書は1978年に出版されたものですが、色あせることのない具体的な例が多く書かれています。

今回ご紹介したおが屑の話は、お客様を第一とする考え方から生まれた技術は、信用、副産物の質の良さから利益を生み、従業員にもやりがいを感じさせることができるようになっていくという良い循環を生んでいます。これに対し、儲けだけを考えると、不良品を間にはさんでごまかし、短期的には利益が出ることもあるかもしれません。しかし、長い目で見れば、顧客の信用、従業員のプライドを失い、利益率の高い仕事ができないという悪循環に向かっていくのは明らかですね。


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