Vol.176 2026年8月号
2026年08月03日
皆さまいかがお過ごしでしょうか?
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!
【河合由紀子のちょっとイイ話】
今月も先月に引き続き「会計の世界史―イタリア、イギリス、アメリカ500年の物語
田中靖博 日本経済新聞出版社」から、『フランスから離れた地で花開いたDivision(346-349頁)』をご紹介したいと思います。
『デュポンが採用したROIの根本には「小さな投資で大きな利益を」という基本思考が存在します。ピエールとラスコブの“数字の鬼”コンビは、この基本思考を各事業に対して落とし込むべくデュポン公式を編み出しました。これによってたとえばROIの低い事業部は、利益率が低いのか、それとも回転率に問題があるのか、問題解決に向けた分析を進められるわけです。ここで、各事業をROIによって評価するには、その前提として各事業部のR(利益)とI(投資=資産)を明らかにしておかなければなりません。つまり事業ごとの利益と資産を計算する必要があります。「事業ごとの利益」と「事業ごとの資産」。このいずれも計算するのは簡単ではありません。固定費や共通費をどうやって各部門のコストに割り振り、本社や研究所などをどうやって各部門資産に割り振るかはデュポンのみならず、すべての会社が抱える管理会計上の難問です。
決算書の作成・報告といった“義務の会計”であればル「ルールと言う正解」がありますが、管理会計という“自由な会計”にはそのような正解がありません。そこでは情報を利用する目的、担当者の責任範囲などを考えつつ、創造的に答えを出す必要があります。同じ会計担当者でも財務会計担当者には「ルールを守る実直さ」が求められるのに対し、管理会計においては「自由な発想」が求められます。ピエールとラスコブのコンビはこのどちらにも精通していたようです。だからこそ彼らは“数字の鬼”なのです。
数字の鬼コンビのリーダーシップによって「事業別のR(利益)とI(資産)の計算体制が整ったことで、デュポンの経営は一歩踏み出すことができました。1920年、デュポンは世界初となる「事業部制組織」を採用します。事業別のR(利益)とI(資産)を計算できるようになったことで、分権化をすすめることができたわけです。事業部制はこのあとピエール社長を通じてGMにも採用されました。火薬の製造販売から事業をスタートしたデュポンは、南北戦争や第一次世界大戦などの戦争で大きな儲けを手にしました。ただしいつまでも戦争の“特需”に頼るわけにはいきません。それはいつはじまり、いつ終わるかまったく予想ができないからです。また「戦争で儲ける商人」のイメージは会社にとってもあまり嬉しいものではありません。そこでデュポンは「平和な新規事業を」探したようです。やがて生まれてきたのが有名な「ナイロンストッキング」です。
この女性向けファッション製品はデュポンのイメージをより良く変化させるうえで最高に望ましい商品でした。これを皮切りに繊維事業をはじめ次々と新規事業をはじめていったデュポンですが、それを支えていたのはキッチリと事業部ごとのROIを計算する数値管理体制でした。
もともとデュポン一家はフランス革命の際に祖国を追われ、命からがら新天地にたどり着きました。このフランス革命後に彗星のごとく現れたナポレオンはフランス国民軍を指揮してヨーロッパ各国を征服していきますが、ナポレオンは戦いにおいて師団(Division)を活用しました。師団はもともと分ける「divide」にちなんで命名された、「分かれても自律的に戦える」組織です。奇しくもフランスを逃れたデュポンが、祖国から遠く離れた地のビジネス界に持ち込んだのが事業部制(Division)なのです。』
決算のための会計は外部のルールを守らなければなりませんが、社内を管理するための会計は成長を目的としてルールを自分たちで作って活用していくものなのです。これは大企業だけが活用するものではなく、どのような規模の組織にも導入することができます。皆さんも何か一つ、管理する数値を決めて活用してみることからはじめてみませんか。








