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今月の金言
今月の金言

2026年9月の金言

2026年09月01日


Vol.177 2026年9月号

2026年09月01日

9月になりました。
皆さまいかがお過ごしでしょうか?
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月は「1日1話、読めば心が熱くなる365人の仕事の教科書(致知出版社)」から、大創産業創業者、矢野博丈氏の「本当の商人の謙虚さ」というお話をご紹介したいと思います。

『店の数か増えるということはとても怖いです。私は増やすな、増やすな、と言い続けていたんですが、百円均一という商売が珍しかったので結果的にここまで増えてしまいました。食料品と違って、うちの扱う家庭用品は、例えばカップ一つ取ってみても、普通の一般家庭では六個あれば十分ですよね。十個も必要ない。ティーセットにしても、家庭用とお客さん用で二セットあれば十分です。

ですから、店が増え続けた先には断崖絶壁というか、売れなくなる時が待っているわけで、そうなると兎のように早く増やすより、亀のようにゆっくり増やした方がいい。かつて夜逃げした時に、東京に着いたらどうすればいいんだ、とゴールに近づけば近づくほど怖くなりましたが、あの心理と全く同じなんです。

もし倒産したら、女房とどこか山奥に逃げて温泉宿に雇われて、女房が賄いをして、俺が風呂たきをしよう。でも女房は別れると言うだろうから、俺は自殺するんだろうなとか、そういうシーンがよく頭をよぎるんですよ。でも自殺をするのは怖いですから、常日頃努力するとか、質素にするとか、頑張るとかいうことは何ともない。逆にとても楽しいんです、

そういう意味では、イトーヨーカ堂の創業者、伊藤雅俊名誉会長とお会いした時の印象は強烈でした。従来の経営者というのは泰然自若として、見るからに大物というイメージがありましたね。トップがあまり細かいことに口を出すと、人が育たないから駄目だという観念がありました。

ところが伊藤会長は、社員のやることに対して一から十まで、いや一から百までああだ、こうだと叱っておられる。当時売り上げが一兆三千億円だったと思いますが、イメージ的にはそこらの酒屋のおやじとほとんど変わらない。あの姿を見て、日本の経営者理論は間違っているなと私は思いましたね。

日本人は謙虚と言うものを、お坊さんの謙虚と勘違いしている。本当の商人の謙虚というものは、生きるために必死になっている姿。それこそが商人の謙虚だと思いました。だから、私はそれまで社員を怒ったことはなかったんですが、伊藤会長にお会いした日を境に怒れるようになりました。それも必死に。

伊藤会長のお話の中で、今でも忘れられないのは、「いいですね、潰れる心配のない会社のオーナーは」と言いましたら、「馬鹿やろう、俺だって月に一回はつぶれる夢を見るよ!」と。もしいま全社員が百万円くれと要求してきたら、あっという間に三百八十億円ふっ飛ぶんだと。もしいま台湾と中国が戦争を始めたら、もし天変地異が起きたら、もしうちが何か事故を起こして新聞で叩かれたら、と。だから、うちは決して安定の中にいるんじゃない。いつ潰れるか分からないんだと怒られました。そのすごさ。やはりこれは、売れるプロセスを重視する伊藤会長の、人生観からくる強さですね。』

前半の矢野氏の素直で悲観的な考え方が極端すぎて、最初に読んだ時には少し笑ってしまいましたが、規模の大小にかかわらず、最悪を考えながら最善を尽くすことの大切さを改めて教えられました。


2026年8月の金言

2026年08月03日


Vol.176 2026年8月号

2026年08月03日

皆さまいかがお過ごしでしょうか?
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月も先月に引き続き「会計の世界史―イタリア、イギリス、アメリカ500年の物語

田中靖博 日本経済新聞出版社」から、『フランスから離れた地で花開いたDivision(346-349頁)』をご紹介したいと思います。

『デュポンが採用したROIの根本には「小さな投資で大きな利益を」という基本思考が存在します。ピエールとラスコブの“数字の鬼”コンビは、この基本思考を各事業に対して落とし込むべくデュポン公式を編み出しました。これによってたとえばROIの低い事業部は、利益率が低いのか、それとも回転率に問題があるのか、問題解決に向けた分析を進められるわけです。ここで、各事業をROIによって評価するには、その前提として各事業部のR(利益)とI(投資=資産)を明らかにしておかなければなりません。つまり事業ごとの利益と資産を計算する必要があります。「事業ごとの利益」と「事業ごとの資産」。このいずれも計算するのは簡単ではありません。固定費や共通費をどうやって各部門のコストに割り振り、本社や研究所などをどうやって各部門資産に割り振るかはデュポンのみならず、すべての会社が抱える管理会計上の難問です。

決算書の作成・報告といった“義務の会計”であればル「ルールと言う正解」がありますが、管理会計という“自由な会計”にはそのような正解がありません。そこでは情報を利用する目的、担当者の責任範囲などを考えつつ、創造的に答えを出す必要があります。同じ会計担当者でも財務会計担当者には「ルールを守る実直さ」が求められるのに対し、管理会計においては「自由な発想」が求められます。ピエールとラスコブのコンビはこのどちらにも精通していたようです。だからこそ彼らは“数字の鬼”なのです。

数字の鬼コンビのリーダーシップによって「事業別のR(利益)とI(資産)の計算体制が整ったことで、デュポンの経営は一歩踏み出すことができました。1920年、デュポンは世界初となる「事業部制組織」を採用します。事業別のR(利益)とI(資産)を計算できるようになったことで、分権化をすすめることができたわけです。事業部制はこのあとピエール社長を通じてGMにも採用されました。火薬の製造販売から事業をスタートしたデュポンは、南北戦争や第一次世界大戦などの戦争で大きな儲けを手にしました。ただしいつまでも戦争の“特需”に頼るわけにはいきません。それはいつはじまり、いつ終わるかまったく予想ができないからです。また「戦争で儲ける商人」のイメージは会社にとってもあまり嬉しいものではありません。そこでデュポンは「平和な新規事業を」探したようです。やがて生まれてきたのが有名な「ナイロンストッキング」です。

この女性向けファッション製品はデュポンのイメージをより良く変化させるうえで最高に望ましい商品でした。これを皮切りに繊維事業をはじめ次々と新規事業をはじめていったデュポンですが、それを支えていたのはキッチリと事業部ごとのROIを計算する数値管理体制でした。

もともとデュポン一家はフランス革命の際に祖国を追われ、命からがら新天地にたどり着きました。このフランス革命後に彗星のごとく現れたナポレオンはフランス国民軍を指揮してヨーロッパ各国を征服していきますが、ナポレオンは戦いにおいて師団(Division)を活用しました。師団はもともと分ける「divide」にちなんで命名された、「分かれても自律的に戦える」組織です。奇しくもフランスを逃れたデュポンが、祖国から遠く離れた地のビジネス界に持ち込んだのが事業部制(Division)なのです。』

決算のための会計は外部のルールを守らなければなりませんが、社内を管理するための会計は成長を目的としてルールを自分たちで作って活用していくものなのです。これは大企業だけが活用するものではなく、どのような規模の組織にも導入することができます。皆さんも何か一つ、管理する数値を決めて活用してみることからはじめてみませんか。


2026年7月の金言

2026年07月01日


Vol.175 2026年7月号

2026年07月01日

今年も後半に入りました。
皆さまいかがお過ごしでしょうか?
今月も元気に経営サポート隊通信をお届けいたします!!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月は先月に引き続き「会計の世界史―イタリア、イギリス、アメリカ500年の物語

田中靖博 日本経済新聞出版社」から、『GMへも導入されたデュポン公式(344-346頁)』をご紹介したいと思います。

デュポンでは業績評価の方法を、「投資の大きさに対してどれだけ利益があるのか」を示すROIに定めました。それをどのように活用したのか、社外秘の経営指標がどのように外部に知られるようになったのか、ご一読ください。

『この公式はデュポンにおいて1910年代から用いられ「1919年」にはそれをグラフ化して計画策定に役立てるチャートシステムも登場しています。デュポンはこの公式やチャートを内緒で使いはじめ、その内容を社外には秘密にしていました。デュポンとて、わざわざライバルに「経営に役立つツール」を教えたいわけがありません。このことからわかるように、管理会計は「内部利用目的」の会計であり、「外部報告目的」の財務会計とはちがって、その内容が「秘伝」として外に出されないことが多いのです。当時のライバルたちは売上や利益が前年より増えただけで喜んでいました。ピエール社長はそれを見ながら「しめしめ」とほくそ笑んでいたのです。

デュポンは事業別ROIを経営判断の基本に据えました。目先の利益が見込めてもROIが低ければ投資はしない。また黒字であってもROIの低い事業からは撤退することがありました。短期的に儲けるだけなら「利益」をもとに判断できるが、設備投資が大きく、しかも長期的な成長を考えるならROIのほうがふさわしいと考えたのです。組織的にいえば、事業別ROIが計算できるようになったことで各事業を担当者に「任せる」ことができるようになりました。

このように文献管理を可能にする秘策「デュポン公式」は当のデュポンからではなく、「意外な別ルート」から世間に漏れました。情報が漏れたのは自動車メーカーのGMからです。それはピエールが経営危機に陥ったGMを救うべく社長になったことがキッカケでした。GMは先行するフォードを追い抜くべく拡張に次ぐ拡張戦略をとりましたが、やがて経営危機を迎えます。第一次世界大戦の好景気によっていったん持ち直すも、経営危機が再燃、そこでデュラント社長が退陣し、代わりに社長の座についたのがピエールです。ピエールはGMをデュポンと同様に「大型・小型乗用車・トラック」などいくつかのセグメントに分け、そこにデュポン公式を適用しました。GMはこれによって各事業部の独立性を維持しつつ、数値の管理を行うことができるようになりました。

T型フォードの単品勝負に固執したフォードに対し、GMは「あらゆる自動車」をつくっていました。合併によって設立されたGMは、事業部制を採用することで管理問題の解決をめざし、一定の成果を上げました。多角化された事業部にデュポン公式が適用されたことで「それぞれの事業部」は力を取り戻していったようです。T型フォードに固執して売り上げを減らすフォードに対し、事業部制を採用したGMは次々と新製品を発表し事業を向上させていきました。』

いかがでしたか。今では管理会計の教科書に載っているROIですが、一企業は生み出し経営管理指標として使っていたものだったのですから、今でも企業は独自の経営管理指標をつかって経営しているのだと思います。外部に業績を知らせる会計はルールに基づく必要がありますが、社内では自由に管理指標を作って使って活かすことができます。来月は、デュポンでは具体的にどのように各数値を計算していたのか、ルールをどのように作っていたのかについてご紹介したいと思います。


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