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経営サポート隊通信
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Vol.109 2021年1月号

2021年01月05日

新年あけましておめでとうございます。
本年も皆様のお役に立てるよう一同精進してまいります。
よろしくお願いいたします!

【河合由紀子のちょっとイイ話】
昨年は新型コロナウイルスにより多くの変化が強いられた年でした。
皆様の事業や生活への影響も大きかったのではないでしょうか。
人の移動や集まりが制限され、外食、旅行、観劇やコンサート、スポーツ観戦等のイベントなど、必要不可欠ではないけれども人の心に楽しみや安らぎをもたらすものが、中止されたり延期されたりしました。短期間であれば我慢できるかもしれませんが、その期間が長くなると、ストレスが溜まり、健康にも悪影響が出ることも心配されます。
そのようなことを考えていると、これらの楽しみは、実は古代から人間が健康に生きるために取り入れていたものなのだろうな、という考えが頭に浮かびました。そして、古代と現在では比べようもないくらい科学技術は発達していますが、人間は根本的には大きく変わらないのだなあ、とつくづく実感しました。
ワクチンや治療薬の開発と浸透により、いずれ今の状況からは抜け出すことはできると思います。そして今まであった制限がなくなったとき、以前の状態に戻るものと戻らないものがあると思います。
たとえば、食品の買い物の仕方を考えてみます。以前は頻繁にスーパーマーケットで買い物をしていたけれど、なるべくスーパーに行く回数を減らすために、まとめ買いをする習慣がついた、あるいはネットスーパーを利用するようになったり農家から直接取り寄せるようになったという人が増えたかもしれません。すると、ネットスーパーの便利さや農家から取り寄せた商品の品質の良さがわかり、もう、近所のスーパーマーケットを頻繁に利用しなくなるかもしれません。
旅行を考えてみます。以前はパッケージツアーを利用していたけれど、多くの人と行動を共にするのは心配だから、自動車で移動して貸別荘に泊まってみよう。食事も地元の美味しい食材を買ってきて自分たちで料理してみよう。そのような旅行をしてみた人は、地元の人しか知らない場所や食材を発見することができるかもしれません。そしてその体験を気に入った人は、自分たちで調べる楽しみも知り、パッケージツアーの利用はしなくなるかもしれません。
インターネットの発達により、玉石混交ではありますが情報は手に入りやすくなり、消費者が直接商品やサービスを提供しているところに接触できるようになりました。そして、パンデミックにより異なる生活様式を強いられた消費者は、多少の差はあれ、何らかの以前では考えたこともなかった行動を経験しています。これらが組み合わさったとき、流通に変化が生じるかもしれません。
パンデミックによりもたらされた変化と、その変化が終息後も続くものなのか続かないものなのかを見極めることが、今後の方向性を考える際のヒントになるのではないでしょうか。


Vol.108 2020年12月号

2020年12月01日

皆様いかがお過ごしでしょうか?
今月も経営サポート隊通信を
元気にお届け致します!

【河合由紀子のちょっとイイ話】
2020年を振り返ると、昨年末ごろから感染拡大が始まった新型コロナウイルスの影響が、世界的に人々の暮らし方を変え、事業のあり方を変え、すべてのものを根底から変えるようなインパクトを与えた年だったと言えると思います。
過去にさかのぼれば、ペストやスペイン風邪など細菌やウイルスの世界的なパンデミックが何度もありました。そのたびに多くの犠牲者を出し、そして社会の枠組みが大きく変わりました。
例えば、14世紀のペストのヨーロッパでの大流行は、当時のヨーロッパの人口の4分の1から3分の1を失ったとされています。それと同時に、ペストの脅威を防ぐことができず、また当時腐敗していた教会の権威が失われ、人口の減少により賃金の上昇をもたらし、封建的な身分制度が実質的に解体されたとされています。
新型コロナウイルスの終息については、いまだ先の見えない状況が続いています。現在、治療薬やワクチンの開発が進められていますが、ウイルスの変化や安全面などを考えると、すぐに実用化するのは難しい気もします(専門家ではありませんので正確なことはわかりませんが)。スペイン風邪は免疫を持つ人が増えたことにより終息を迎えたようですが、それを待つとなるとどれくらい今の状態が続くのか、とネガティブな気持ちになってしまします。しかし、終わりのないパンデミックは歴史を見てもありませんので、今を生きることと今後に目を向けてみたいと思います。
まず、人が生きている限り必要なモノやサービスは変わりません。ただ、優先順位が変わったり、提供の仕方が変わったり、流通方法が変わったり、という仕組みの部分での変化は考えられると思います。また、新型コロナウイルスに関係なく、外国からの労働者を受け入れない限り、日本では今後労働人口は激減しますので、労働集約型の産業では人の確保をどうするか、あるいは機械化を考える、別の得意分野を伸ばして成長させる方法を考える、といったことが必要になってくると思われます。世界的に見れば、日本の食料自給率の低さも心配なところです。
どのような未来が訪れるかは誰にも正確にはわかりませんが、今わかっていることから未来を予測して準備することはできます。新型コロナウイルスの世界的流行、人口の変動、国際情勢、様々なことが大きく変わるまさに潮目の真っ只中にいると感じた一年でした。
2021年はどんな年になるでしょうか。どんな年にしたいですか。この世界に少しでも良いことが増えますように。皆様の健康とご多幸をお祈りしています。

今年も大変お世話になりました。来年も何卒よろしくお願いいたします


Vol.107 2020年11月号

2020年11月02日

11月になりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
今月も経営サポート隊通信を元気にお届け致します!

【河合由紀子のちょっとイイ話】(致知2020年1月号より抜粋、編集)
今月は、豊田紡績の創業者でありトヨタの創業者豊田喜一郎の父でもある豊田佐吉の話を抜粋して、ご紹介します。
『大工の父と機織りの内職をして生計を支えていた母のもとで育った佐吉は、苦労している母を助けたいと、自動織機の発明に取り組みます。研究資金集めに苦労した佐吉でしたが、協力者を得て明治28年、29歳の時に日本初の蒸気で動く力織機を発明します。しかし、明治39年大切な特許を手放さなければならない事態に陥ります。そこから懸命に資金を集め、明治44年には紡績工場を立ち上げ、工場で得た利益を織機の発明に充てていきます。さらに開発した自動織機の性能を確認するために良質な綿糸の供給が必要になり、紡績工場も建設します。そして、大正13年58歳にしてG型自動織機を完成させました。G型自動織機は生産性や品質で世界一の画期的な織機でした。
佐吉の人生は、特許を失う最悪の逆境から大きく反転し、隆盛の軌道に乗りました。明治44年の紡績工場の立ち上げには大きな困難が伴いましたが、その決断があったからこそ、大きな成功を手にすることができたのです。その時こそが真の「自力経営」の始まりであったと佐吉は述懐しています。
しかし、佐吉の自立自助の精神は、若き日に発明家を志した時からブレることなく貫かれてきた人生の基本姿勢であったことは、彼が残した言葉からも明らかです。
「男は四の五のいらぬことを考える必要はない。志を立てた以上、迷わず一本の太い仕事をすればよい」「仕事は人が探してくれるものではなく、自分で身につけるべきものだ。職は人がつくってくれるものではなく、自分自身でこしらえるべきものだ。それがその人にとっての、本当の仕事となり、職業となる。とにかくその心掛けさえあれば、仕事とか職業とかは無限にあるといっていい。いつの時代でも新しいことは山ほどある」「わしは他人よりよけいに創造的知能に恵まれているわけではない。すべて努力の結晶だ。世間はその努力を買ってくれないで『天才だ』と言って片付けてしまう。私には遺憾千万」「わしの今日があるのは、天の心というものだ。それなら、こちらも社会へ奉仕せにゃいかん道理だ。誠実というその字を見ろ。言うことを成せという言葉なんだよ」』
トヨタグループの礎を築いた豊田佐吉ですが、その詳細はあまり知られていないのではないでしょうか。発明の精神、自力経営など、今のトヨタにつながる部分があると感じられます。
「職は自分でこしらえるべきもの」「いつの時代でも新しいことは山ほどある」といった言葉は今の時代にも通じる、勇気づけられる言葉です。環境のせいにするか、自ら切り開くかは考え方次第ということを教えてくれているのではないでしょうか。


Vol.106 2020年10月号

2020年10月01日

10月になりました。
皆様いかがお過ごしでしょうか?
今月も経営サポート隊通信を元気にお届け致します!

【河合由紀子のちょっとイイ話】
今月は、一倉定の社長学シリーズ「新・社長の姿勢(日本経営合理化協会出版局)」から、伊勢湾台風の際に近鉄の社長であった佐伯勇氏の話を抜粋してお届けします。
『伊勢湾台風の時である。近鉄名古屋線は木曽川の堤防決壊によって名古屋―桑名間の鉄路が水浸しとなり、不通となってしまった。当時の社長佐伯勇はパリに滞在中であった。(中略)本社から帰国の要請を受けた社長は、予定を変更して急遽帰国した。直ちに名古屋からジープを飛ばして木曽川の決壊の現場に駆け付けた。満満と水をたたえたその上に、木曽川の鉄橋が無事の姿を浮かべていた。これを見た社長は、その場で決定というよりは決断ともいうべき重大事を決めたのである。それは、「かねてよりの懸案である“ゲージ”統一を、この際実現する。復旧でなくて建設だ」というワンマン決定である。
当時の近鉄の名古屋線は、大阪から伊勢の中川までは広軌、中川から名古屋までは狭軌であった。そのために、大阪―名古屋間の特急は、中川で乗り換えなければならず、大きなネックになっていたのである。当然のこととして、ゲージを統一して中川―名古屋間を広軌に変えるということが決まっていたが、いろいろな都合でいまだ実現せずに、懸案となっていたのである。社長は翌日、大阪の本社で役員会を開き、渋る役員たちを説得して、全社をあげて建設準備を開始した。やがて水が引き、工事が可能となった。社長の号令一下、全員死に物狂いの突貫工事が開始された。そして、たった9日間で工事を完成させてしまった。離れ業である。こうして名古屋線は広軌一本化が完成し、近鉄の大きな収益源となったのである。
この建設工事に大きな力となったのは、台風で被災した社員である。はじめ、パリで台風被害の報告とともに、700人の被災社員の報告を受けた時に、社長は「前例にとらわれず、会社として最大限の援助をせよ」という指令を発しておいた。もしも「よきに計らえ」という馬鹿殿式の支持をしたならば、役員は必ず“慶弔規定”と“前例”にもとづいた、形式的な見舞い程度のものになってしまう。これでは被災者の援助にはならない。そこで、この指令になったのである。このために、被災社員は大感激して、「社長の温情に報いる道は、この建設工事を、どんなことがあっても成功させることだ」となった。被災しなかった社員も、社長の温情を目の当たりに見て、「社長は、われわれが本当に困った時には救いの手を差し出してくれる」という信頼の上に成り立っているのである。“ストライキのない近鉄”は、このような社長と社員の相互信頼の上に成り立っているのである。』
ピンチをチャンスに変える決断は、会社のためになることであればルールを破ることもできる社長の大きな役割であると言えますね。


Vol.105 2020年9月号

2020年09月01日

9月になりました。

皆様いかがお過ごしでしょうか?

今月も経営サポート隊通信を元気にお届け致します!

 

【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月は、京セラの創業者でありJALの再建を成功させ、多くの経営者の学びの場となる盛和塾(2019年12月解散)の塾長を長年務めた稲盛和夫氏の著書『生き方~人間として一番大切なこと~(サンマーク出版)』から「人生の方程式」について書かれた部分を抜粋してご紹介したいと思います。
本書では、稲盛氏が仕事をし、経営に携わるなかで学びとってきた人間として守るべきシンプルな原理原則が紹介されています。その中の一つ、「人生の方程式」つまり「人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力」について次のように解説されています。
『この「人生の方程式」は、人並みの才能しかもたなかった私が、人並み以上のことをなして、世のため人のためにわずかなりとも役立つためにはどうしたらいいかと考えた末に見いだした方程式であり、その後、実際に仕事をし、人生を歩むうえで、つねに自分の生き方のベースとしてきたものです。
そのポイントは掛け算である点にあります。たとえば、頭脳明晰で90点の能力をもつ人がいたとします。しかし、この人がその能力を鼻にかけて努力を怠り、30点の熱意しか発揮しなかったとすれば、その積は2700点にとどまります。
一方、頭の回転は人並みで60点くらいの能力しかもたない人が、そのぶんを努力でカバーしようと、90点を超えるような、あふれるほどの熱意をもって仕事に取り組んだとすれば、どうなるか。その積は5400点。前者の才あって熱なしの人物よりも、倍の仕事を成し遂げられる計算になります。
さらに、そこに「考え方」の点数が掛け合わされます。この考え方がもっとも重要なのは、それが方向性も表しているからです。つまり考え方には、いい考えもあれば悪い考えもある。プラスの方向に向かってもてる熱意や能力を発揮する生き方もあれば、マイナスの方向へ向けてその熱意や能力を使う人もいるのです。
したがって、この考え方という要素だけはマイナス点も存在し、熱意や能力の点数が高くても、この考え方がマイナスであったら、掛け算の答え(人生や仕事の結果)もマイナスになってしまいます。才能に恵まれた人が情熱を傾けて、詐欺や窃盗などの犯罪という「仕事」に励んでも、そもそも考え方がマイナス方向に働いているので、けっしてよい結果は得られないということです。
このように、人生の方程式は掛け算で表されるがゆえに、まず考え方が正しい方向に発揮されなければなりません。さもなくば、どれほどすぐれた能力をもち、強い熱意を抱こうとも、それは宝の持ち腐れところか、かえって社会に害をなすことにもなりかねないのです。』
いかがでしょうか?「考え方」にはプラスもマイナスもあるため、考え方が方向性を決める最も重要な要素であり、能力は熱意でカバーされるというのは、本当にその通りだと思います。


Vol.104 2020年8月号

2020年08月03日

8月になりました。

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【河合由紀子のちょっとイイ話】

今月は、先日たまたま目にした記事をご紹介したいと思います。

日経ARIAの「人生はいつもクラッシック」という特集で見つけたものです。“クラッシック音楽を愛する各界のリーダー層が自身にとって忘れられない一曲と共に人生を語る”という内容なのですが、蓑田秀策さんという方が語られていた内容が印象に残りましたので、その一部を抜粋してご紹介します。蓑田さんは、みずほ銀行役員を経て、現在“一般社団法人100万人のクラッシックライブ”を設立され、代表理事を務めておられます。

私は、人生は400メートルトラックを走るようなものだと思っています。生まれて最初の20年ほどは、学校で勉強という名の直線距離をひた走り、大人になる準備をする。ここで成績がいいからといって、そのまま人生を一番で走り通せるとは限りません。社会に出て行く最初のカーブをうまく曲がりきれない人も中には出てきます。

ひとまず社会に適応できた人は、10年くらいかけて必死に仕事を覚えます。そしてこの道でやっていこうと思い定めたときに、次の直線が始まります。よりよい銀行員になろう、もっとビジネスで成功しようと一心に上を目指す。これが50歳くらいまで続きます。世間が「この人はどんな人か」ということを見るとき、大体この直線で成果を上げたかどうかで判断します。でも、人生はここでは終わりません。

成功した人もそうでない人も、次のカーブを曲がらなくてはいけない。それは、一線を退いていくというカーブです。ものすごく成功して偉くなった人が、往々にしてこのカーブをうまく曲がりきれないということが起こります。「俺は大会社の社長だった」という人が、町内会で無意識のうちに横柄な態度を取って「おかしな人」と思われてしまったり、大変なお金持ちになった人も、お金があり過ぎて何をしていいのか分からなくなってしまったりするんです。

一線を退くカーブを曲がった先には、人生最後の直線が待っています。今までの直線には、いい成績で卒業するというゴール、仕事で成果を上げるというゴールがありました。でも最後の直線の先にあるのは死だけ。そこをいかに走るかが、人生の豊かさを決めるのではないか。』

人生の局面を考える際に、とても分かりやすい考え方だと感じました。今、自分は人生のどんな局面にあるのかを考えることは、これからの10年、5年、1年で何をしていくかを選択する際に重要な要素になると思います。目の前のことに、一生懸命取り組むことはとても大切ですが、少し立ち止まり、人生を俯瞰することで、これからの方向性を大きく変化させることにつながるかもしれません。

 


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